大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所敦賀支部 昭和42年(ワ)57号 判決

原告

田辺利太郎

被告

山崎又八郎

主文

被告は原告に対し、金七八六、八六二円およびこれに対する昭和四三年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決の原告勝訴部分は、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三、二七四、五三一円およびこれに対する昭和四三年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、原告は、昭和四一年一一月三日午後六時一〇分頃、福井県三方郡美浜町松原地籍国道二七号線道路を自転車に乗つて進行中、被告が運転する普通乗用自動車に追突され路上に転倒した。

二、当事被告は右自動車を自己のために運行の用に供していたものである

三、原告は右交通事故によつて、首、肩、腰、尾骨等を打撲し、首はいわゆるむちうち症となり、同日から国立療養所敦賀病院へ入院し五四日間入院加療して昭和四一年一二月二六日退院したが、なお痛み、しびれ等の症状が残つたので、昭和四二年一月一七日大阪日赤病院の診察を受け、同年二月一日から同年一二月一二日まで市立敦賀病院へ通院し、その間同年七月六日再度大阪日赤病院の診察を受け、さらに昭和四三年一月二三日から同年八月二〇日まで国立福井療養所に通院したが、左手のしびれ、左肩のこり、左肩関節の痛みは軽快せず、現在右症状は固定化し、ことに冬期と雨期には疼痛は一段と激しくなる。

四、原告が右交通事政によつて蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  原告は帯鋸の目立職であり、余暇には農業や左官の手許などしていたのであるが、本件事故の約二ケ月前から北山チツプ工場(経営者北山富太郎)に日給一、二〇〇円で雇われ、一ケ月少くとも二五日間稼働して月収三万円(年収三六万円)を得ていた。

原告は事故当時五三歳であり、事故前は至つて壮健であつたから、本件事故にあわなければ、少くとも向後一〇年間は右と同一条件での労働が可能であり、従つて右収入を維持できたはずであるところ、本件事故により就労不能となり、この間の得べかりし利益三六〇万円を失つた。その現価をホフマン式計算法により中間利息を控除して算出すると金二、八六〇、一八二円となる。

(二)  原告は本件交通事故に起因して左記支出を余儀なくされた。

1  国立療養所敦賀病院の診察料 三六九円

2  同病院売店からの入院準備のための物品購入費 一、九七七円

3  下野商店からの入院準備のための物品購入費 二、七二〇円

4  牛乳代(41 12 27~42 6 30一日二本の割合) 八、六四〇円

5  昭和四一年一一月三日原告宅から病院まで家族使用自動車代 一、一九〇円

6  原告退院の際の自動車代 一、二〇〇円

7  大阪日赤病院診察料、レントゲン撮影料 四、四五三円

8  同病院への往復汽車賃、帰途美浜駅から自宅までの自動車代 一、六〇〇円

9  市立敦賀病院への通院バス代 三二、六〇〇円

合計 五四、七四九円

(三)  原告は第三項記載のような長期の入院あるいは通院による加療を要する傷害を負い、現在なお完治せず、痛み、しびれ等の症状に苦しんでいるもので、その蒙つた精神的損害は、金銭に換算すると金八〇〇、〇〇〇円に相当する。

五、従つて、原告は被告に対し、前項(一)(二)(三)の各損害の合計額に相当する金三、七一四、九三一円の損害賠償請求権を取得したが、これまでに被告から金一四〇、四〇〇円の支払を受け、また自動車損害賠償保障法に基き東京海上火災保険株式会社から金二七五、四六三円の損害賠償額の支払を受けたから、これらを差引くと残額は三、二九九、〇六八円となる。

原告は本訴において被告に対し、その内金三、二七四、五三一円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年一月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、抗弁に対する答弁として

一、抗弁第一項、第二項の事実は否認する。

二、抗弁第三項、第四項の事実は認める。しかし、請求原因第五項記載のとおり、原告は本訴において右各支払によつて填補された部分を控除したその余の損害の賠償を請求するものである。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として

一、請求原因第一項、第二項の事実は認める。

二、請求原因第三項の事実のうち、原告が入院した病院および入院日数、大阪日赤病院で診察を受けたことおよびその日時、市立敦賀病院に通院したことは認めるがその余の事実は不知。

三、請求原因第四項の(一)の事実は否認する。即ち、原告の主張は労働力の全廃を前提とするもので不当である。

四、請求原因第四項の(二)の事実は不知、同(三)の事実は否認する。

と述べ、抗弁として

一、原被告間において昭和四一年一二月二五日、本件交通事故につき、原告は自動車損害賠償責任保険の適用によつて受くべき保険の限度で満足し、それ以上に請求しない旨の示談が成立した。

二、原告は本件事故当時著しく酩酊して自転車に乗つており、そのためハンドル操作を誤つて数メートル後方に接近した被告運転の自動車の進路正面へ突然進出した結果本件事故を招来したもので、その過失は重大であるから、相当額の過失相殺が加えられて然るべきである。

三、原告は昭和四三年一〇月二九日東京海上火災保険株式会社より、自動車損害賠償保障法に基き金二七五、四六三円の支払を受けているから、右金額は損益相殺として過失相殺後の損害額より控除さるべきである。

四、被告は原告に対し金一四〇、四〇〇円を支払つた。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、交通事故の発生

原告主張の日時場所において原告主張のような態様の交通事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二、原告の受傷

〔証拠略〕によれば、原告は事故当日直ちに国立療養所敦賀病院において手当を受け、そのまま同病院に入院したこと、当時の傷病名は頭部挫傷、頸部挫傷、左下肢挫傷であつたこと、同病院において五四日同入院加療の後昭和四一年一二月二六日同病院を退院したこと、退院時において外部創傷はほぼ治癒していたが、左上肢のしびれ感、頭重感等の症状が残存したので、翌四二年一月一七日大阪赤十字病院の診察を受け、頭部外傷第Ⅱ型、頸部症候群と診断されたこと、その後同年二月一八日から同年一二月一二日までの間(実日数二二六日)市立敦賀病院に通院し右症状に対する治療を受けたこと、翌四三年一月二五日から同年八月一〇日までの間(実日数一二一日)国立福井療養所に通院し、外傷性頸椎症・左肩関節周囲炎・右手しびれ感の傷病名のもとに治療を受けたこと、しかし頭重感、手のしびれ感、肩の痛み等のいわゆるむち打ち後遺症は昭和四二年中に固定化しその後の治療によつては容易に消退しないので、昭和四三年八月一五日一応治療を打切つたこと、右後遺症は右時点において自動車損害賠償保障法施行令別表による後遺障害等級一二級に相当したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、原告に生じた損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は長年帯鋸の目立職として建築業者や製材業者に雇用されていたもので、本件事故の直前三ケ月間程は北山木材チツプ工場こと北山富太郎に日給一、二〇〇円で雇用され、その前数ケ月間は株式会社武田組に日給一、一〇〇円で雇用されていたことが認められる。そして〔証拠略〕によつて、月の全部が雇用期間に含まれる同年三月ないし七月、九月、一〇月の月間稼働日数の平均を求めると二一・五日となるから、当時原告の一ケ月の平均収入は金二五、〇〇〇円であつたことが認められる。

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故の翌日から休業し、外部創傷が治癒した後も前記後遺症のため鋸目立の仕事に復帰することができず、症状固定後わずかに副業の農業の手伝等の軽作業に従事し得たのみで、収入としてみるべきものはないことが認められる。従つて、原告は本件事故に起因して、事故後毎月二五、〇〇〇円宛の得べかりし利益を失つているものといわなければならない。

しかしながら、いわゆるむちうち後遺症の中でも骨や神経繊維の損傷が認められないにもかかわらず、神経症状が容易に減退しないものについては、その原因について医学的解明が充分なされていないこと、症例に個人差が大きいことなどにてらし右症状に起因する得べかりし利益の喪失の全てについて事故との間に相当因果関係を認めるのは妥当でない。

これを本件についてみるに、前認定の傷害の態様、程度、治療の経過にてらし、受傷時から一年間は症状の帰すうを観察するうえで必要な期間であつたと認められるから、この間の逸失利益は全額本件事故に基く損害と認めるのが相当である。しかし、受傷後二年目以降の逸失利益については、これを労働能力の喪失という見地から考察するのが適当であるところ、前記のとおり原告の後遺症は自動車損害賠償保障法施行令別表による後遺障害等級の一二級に相当するから、その場合の労働能力喪失率は一般には一四パーセントである。しかし本件原告の職種は一般の肉体労働に比してより高度の精神の集中が要求されると認められるので、その喪失率を二〇パーセントと認め、右労働能力喪失期間は、障害の程度、従来の治療経過にてらし症状がほぼ固定した受傷一年後から起算し五年間継続すると認めるのが相当である。従つて、右期間内における前記得べかりし利益の二〇パーセントについてその喪失が本件事故と相当因果関係ある損害というべきである。

以上の逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を月毎に控除して事故発生時における現価を算出すると、金五四七、九七六円となる。

(二)  支出に基く損害

請求原因第四項の(二)の各支出についてみるに、〔証拠略〕によれば番号1の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号2の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号3の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号4の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号5の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号6の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号7の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号8の支出の事実が認められ、〔証拠略〕によれば番号9の支出の事実が認められ、右各支出はいずれも本件事故と相当因果関係の範囲内にある支出と認められるから、その合計額金五四、七四九円は原告が本件事故によつて蒙つた損害というべきである。

(三)  慰藉料

本件事故により原告が蒙つた精神的損害は、前認定の事故の態様、傷害の部位程度、入院期間、通院期間、後遺症の程度等にてらし金六〇〇、〇〇〇円に相当するものと認める。

四、帰責原因

本件事故当時被告が加害自動車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

五、示談成立の抗弁について

被告主張の和解契約の内容は主張自体においてすでに不明確であるが、その立証として提出された乙第一号証(示談書)の文言はさらにその意味するところが不明瞭であり、従つて、かりに同号証が真正に作成されたものとしても、同号証のみで和解契約の成立を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて被告の右抗弁は理由がない。

六、過失相殺の抗弁について

被告本人尋問の結果中、原告の乗つた自転車が被告運転車両の直前によろめき出て来た旨の供述は、〔証拠略〕にてらしにわかに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて被告の右抗弁は理由がない。

七、損害の填補

原告が東京海上火災保険株式会社から、自動車損害賠償保障法に基く損害賠償額として金二七五、四六三円の支払を受けたこと、原告が被告から本件損害賠償金の内払として金一四〇、四〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

八、そうすると、原告は被告に対し、自動車損害賠償保障法第三条に基き、前記第三項(一)(二)(三)の各損害額の合計金一、二〇二、七二五円から右第七項の損害填補額金四一五、八六三円を控除した金七八六、八六二円の損害賠償請求権を有するものといわなければならない。

よつて、原告の請求のうち、被告に対し金七八六、八六二円およびこれに対する不法行為時より後である昭和四三年一月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、原告勝訴部分の仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例